康熙帝~大河を統べる王~(レンタル版)
第16話 兵強馬壮(へいきょうばそう)
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画質についてあらすじ
高士奇(こうしき)が康熙帝に両江の報告をするが、円満な解決だけではなく巧みな話術で喜ばす。帰り際、索額図(ソンゴトゥ)に誘われて向かった先には、阿席熙(アシヒ)からの感謝として立派な邸宅が待っていた。その後、靳輔(きんほ)の元を訪れた高士奇は、康熙帝の訪問とともに康熙帝が大物と告げる意外な人物を紹介する。
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本編
靳治豫(きんちよ)の殺人事件が刑部の審議に回される。高士奇(こうしき)らは治豫を救おうと考えるが、具体的な対策を打てぬまま刑が決定されてしまう。一方、白河溝村の石材が粗悪品になっていた事情を探ろうとする靳輔(きんほ)は、ひと月の間、陳潢(ちんおう)からの連絡が途絶えていることを知る。消息不明のまま欽犯として指名手配される陳潢だが…。
飢えに苦しむ民を救うため、于振甲(うしんこう)と陳潢(ちんおう)が官糧を強奪して衙門に戻ると、朝廷からの使いが聖旨を携えて待っていた。陳潢が反清復明の徒であるかどうかは勅使を出して調べさせるから、河道総督府に戻って仕事を続けろという。その頃、朝廷では人を殺めた靳治豫(きんちよ)を死罪にするかどうかの攻防が繰り広げられていた。
于振甲(うしんこう)は視察に来た靳輔(きんほ)に民の惨状を訴える。陳潢(ちんおう)は、黄河沿岸の植樹を予定していたが…。朝廷では伊桑阿(イサンガ)が己の首を賭けて諫言し、康熙帝は伊桑阿を欽差として白河溝村の石材事件を調査するように命じる。靳輔の権力を奪おうとする伊桑阿だが、康熙帝の意向を受けた高士奇(こうしき)が同行し…。
族長を殺害した罪で靳治豫(きんちよ)を処刑するため、伊桑阿(イサンガ)が河道総督府にやってくる。何とか治豫を救いたい高士奇(こうしき)は、10日間、伊桑阿を江寧に遊びに行かせ、その間、自分が石材事件の調査することに。陳潢(ちんおう)や小虎(しょうこ)と共に白河溝村の石切り場を調べる高士奇だが、石材の質に問題はなかった。
王登選(おうとうせん)が手抜き工事を行った帰仁堤が黄河治水の一番の弱点となり、陳潢(ちんおう)は、洪水の際に帰仁堤を決壊させ、下流への水勢を緩和させる策を立てる。冠水する桃源の民を退去させるよう于振甲(うしんこう)を説得する陳潢だったが、于振甲は頑として首を縦に振らない。譲ることのできない靳輔(きんほ)が、最終手段を講じるのだが…。
蕭家渡が決壊したことで、索額図(ソンゴトゥ)や伊桑阿(イサンガ)は靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)を罷免しようとする。納蘭明珠(ナラミンジュ)と高士奇(こうしき)が2人を守ろうとすることで、朝廷では双方の攻防が勃発。その頃、河務を続けようとする靳輔に対して、陳潢は自ら担当した蕭家渡の決壊を受け止めきれず倒れてしまう。
靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)は、崔維雅(さいいが)の非難を論破し、伊桑阿(イサンガ)の企みを退ける。康煕帝は、帰仁堤を死守して、そのために蕭家渡を決壊させ、下流3省の民に損害を与えた于振甲(うしんこう)を非難するが、処分はせず、逆に昇進させて3省救済の任に当たらせる。それは己のしたことを于振甲に分からせるためであった。
于振甲(うしんこう)は桃源県に戻って母親に挨拶を済ませると、按察使として3省の救済に向かう。そこで洪水で人も家も流され、食べ物もなく、疫病が蔓延し、生存者より死者のほうが多い現実に直面した于振甲は、己の犯した罪を悔い、涙する。その頃、都から河道総督府に戻った陳潢(ちんおう)は、真面目に働いた者が損をすると不満を募らせるのだが…。
康熙22年、ついに台湾は投降する。朝廷では台湾収復を慶祝する一方、辺境の小島としてこれを放棄する棄台論と、守るべきとする保台論の論争が巻き起こる。台湾を保全しようとする康煕帝は、施琅(しろう)と鄭成功(ていせいこう)麾下の主将・林興珠(りんこうじゅ)を北京に召し出し、施琅の意見を聞くことに。林興珠の用いる籐牌に興味を持った康煕だが…。
林興珠(りんこうじゅ)が連れてきた籐牌兵の戦術を見た康熙帝は、大砲の製作現場も訪れ、撤退しない敵は容赦なく叩くと告げる。納蘭明珠(ナラミンジュ)、索額図(ソンゴトゥ)、高士奇(こうしき)は、戦を思いとどまらせようとするが、康熙帝の考えは変わらない。黄河の治水にかかる出費を理由に持ち出された康熙帝は、河務の現状視察を提案する。
河道の工事現場を訪れた康煕帝は、6大工事を完成させた靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)をねぎらう。陳潢は康煕帝に靳治豫(きんちよ)の釈放を願い出て、さらには治水の書の構想を語る。気をよくした康煕帝だったが、今後の工事の内容をめぐって陳潢と対立。高士奇(こうしき)や靳輔の説得にも己を曲げぬ陳潢に、康煕帝の怒りが増していく。
河口を浚渫するか新水路を掘るか、朝議でも決着はつかない。その時、郭琇(かくしゅう)という御史が、戸部が管理すべき干拓地を河道官が勝手に売却していると主張して緊張が走る。索額図(ソンゴトゥ)が政敵である納蘭明珠(ナラミンジュ)派の追い落としに動いたように思われる中、干拓地売却の件は康煕帝自身も調べを進めていくのだが…。
皇太子の悪行を知った康煕帝は、逆上して侍衛たちを惨殺し、皇太子に迫っていく。誰も止めることができない中、太皇太后が訪れて説得を試みることに。その頃、准噶爾(ジュンガル)が反乱、ロシアと組み科爾沁(ホルチン)に進攻し、談判に向かった索額図(ソンゴトゥ)とも音信不通となる。靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)の元には聖旨が届くのだが…。
准噶爾(ジュンガル)の反乱による戦に巻き込まれていた索額図(ソンゴトゥ)と、雅克薩(ヤクサ)で勝利を収めた林興珠(りんこうじゅ)の2人が都へ戻る。しかし敵が再び城を築いたため、再び林興珠を戦地へ送らざるを得ない。科爾沁(ホルチン)の汗(ハーン)とその娘が大清軍の出征を求めて都へ来たため、康熙帝はその対応にも追われることに。
康熙帝は霊堂に籠もり、2か月も出てこない。業を煮やした索額図(ソンゴトゥ)たちが強引に康熙帝を連れ出すと、政務に復帰した康熙帝は、まず官職を罷免しながら現場に残していた靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)を北京に護送させる。彼らが詮議されれば立場が危うい納蘭明珠(ナラミンジュ)たちだが、老練な納蘭明珠は起死回生の一手を思いつく。
康熙帝は徐乾学(じょけんがく)に対し、郭琇(かくしゅう)が書いた靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)弾劾の奏報は首謀者に触れていないと指摘する。納蘭明珠(ナラミンジュ)50歳の誕生日、祝宴に現れた郭琇は、お祝いの言葉だと言いつつ、納蘭明珠を弾劾する奏報を読み上げる。そこには高士奇(こうしき)も一味だとあり、その日から緊迫した日々が始まる。
干拓地問題で納蘭明珠(ナラミンジュ)を破滅させた索額図(ソンゴトゥ)は、靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)も潰すため、徐乾学(じょけんがく)を刑部尚書として審理を有利に運ぼうとする。北京に護送された靳輔は、康熙帝の説得を拒み、一人で罪をかぶろうとし、陳潢は収監された場所で、なおも治水に思いを巡らす。そしてついに審理の日が訪れる。
納蘭明珠(ナラミンジュ)が索額図(ソンゴトゥ)の悪事を暴露し、靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)を裁くはずの場は騒然となり、康熙帝は出ていってしまう。索額図の失脚も今や確実であるが、高士奇(こうしき)は義兄弟である徐乾学(じょけんがく)を訪ねて助かる道を探る。一方、康熙帝は各々に対して調べを進め、処分を決めていくのだが…。
徐乾学(じょけんがく)は納蘭明珠(ナラミンジュ)一派の悪事を暴こうとするが、靳輔(きんほ)と陳潢(ちんおう)の汚職の証拠はつかめなかった。それでも康熙帝は陳潢を赦免しようとしない。病に冒された靳輔は、命懸けで陳潢を救おうと索額図(ソンゴトゥ)を脅し、獄中の陳潢は獄卒から筆を手に入れ、周囲の壁に黄河の図を描き始める。
治水の書をしたためた陳潢(ちんおう)は、深い眠りに就く。夢の中で陳潢は、河面に浮かんで満足そうに天を眺めていた。一方、病床の靳輔(きんほ)は陳潢が戻ってくるのを察知し、起き上がって椅子に座り、姿勢を正して待っている。そんな中、新しく河道総督に着任した于振甲(うしんこう)が、自分のやり方で治水を進めると張り切るのだが…。